<第1回>「大洞川の登り筌漁」

 

2003年11月25日

<薄蒼き大洞川>
飛騨小坂の湯屋集落に架かる共和橋に立ち大洞川の流れを眺めた。季節に合わせ巧みに水の色を変化させる9月28日の大洞川は薄蒼い輝きを見せていた。あまりにも気持ちがよいものだから思い切り深呼吸をすると上流にも下流にも釣り人が二人、三人と入っているのに気づく。いつの間にか河原へ下り冷たい水に手をつけ顔を洗い、眩しい日差しを浴びた。
今日は「益田の森と川を育む会」の企画で「登り筌」(のぼりえ・のぼりうえ)の観察会を行おうというのだ。それで昨夜からまるで子供のようにソワソワと落ち着かず、大洞川の風景を思い浮かべていたが、集合場所の共和橋のたもとの駐車場には午前10時前に着いてしまった。メンバーが集まるまでしばらく付近を歩くことにした。まず、川の側にある湯屋小学校の校舎とグラウンドが美しい。それから湯屋温泉の方へも向かった。湯屋温泉は古くから炭酸泉、別名「小坂のサイダー泉」として有名で、温泉旅館「奥田屋」の玄関前には炭酸泉の飲泉所がある。
あっという間に集合時間の11時近くになってしまい、急いで共和橋のたもとへ戻ると人が集まっていた。人数は大人が20人、子供が7人ほどで、会のメンバー以外に新聞記事でこの日の登り筌漁が紹介されたため地元小坂や下呂、さらには他県から家族で駆け付けた人もいる。会のメンバーもメンバー以外の人も「まさか登りエが見れるとは思わなかった」、「ぜひ、教えてもらいたくて来た」、「どんな魚が入るのかこの目で確かめたい」、「どうやって仕掛けるのか知りたい」と興味を示した。

<見たり登り筌仕掛け>
登り筌を披露するのは川漁師の細江勇さんだ。
「登り筌」とは浅瀬の川岸部に下流に向かって筌を仕掛け、遡上する底生魚を石積みに沿って誘導し、筌で捕獲する漁である。筌は割竹を編んで作った紡錘形の籠用の漁具である。竹の他、金網でも作られる。筌の中にエサなど入れることはない。
勇さんの説明によればどうやら筌は昨日から上流に仕掛けてあるらしく、車で数分走り移動した。目的地に着くと勇さんが「これが漁で使うエです」と大事そうに抱え皆に見せられたが、まさに愛着を帯びた竹筌だ。
勇さんの案内で道下の大洞川へ下りたが、いよいよ登り筌が見れるとあって皆の足取りは早まった。やがて長ゴムつなぎスボンの漁師姿で勇さんは川岸の水に浸かり腰をかがめ数個の石をつかみ動かし始められたが、その石の下に筌が仕掛けられているのだ。周りは扇状に石積みがなされている。筌は金網製で勇さんがそっと上げられた。皆が取り囲んだ。「うんっ、入っとる」と勇さんがつぶやくと皆の顔がグッと筌に近づき、「あっ、いるいる」とざわめきが起こった。
勇さんは取り上げた筌の頭をほどき竹籠に広げた。魚たちがこぼれ落ちた。アジメドジョウ、ザス、ハエ、アブラメ、実にきれいな格好をしており、大洞川の香りまでが漂う。
「魚は下から上へ向かって登る。エの中に入ってもさらに登る習性があり逆戻りはしない」と勇さんは説明をしながら、再び筌を水に沈め仕掛け方を実演された。

<川魚を食べ骨太に育つ>
登り筌の仕掛けと捕れた魚を見た一行は、共和橋のたもとへ戻り、食事をすることになった。途中、湯屋温泉奥田屋の飲泉所に寄り、胃腸病、二日酔いに効果があることを信じ炭酸泉を口に含んだ。
共和橋の下の河原に卓上コンロがセットされ炭が熾され鉄板が乗せられた。しばらくすると勇さんが鍋を抱え鉄板に向けた。何と鍋からはアジメドジョウ、カジカ、ザス、ヨシノボリ、アブラメ、アユが溢れんばかりにこぼれ落ちた。

細江勇さん

登り筌仕掛け

大洞川の魚

細江勇さんは筌仕掛けの観察だけでなく、魚を食べる世界へ導こうとしているのだ。この日のために大洞川で捕った魚を煮付け、鍋に入れて持ってみえたのだ。あらためて鉄板に盛られた魚たちを見つめたが、幻の味を秘めた魚たちばかりであることに皆が驚きの笑みを浮かべた。さらによく太ったカジカとアジメドジョウが生で鉄板に盛られると、皆がワーッと近づいた。カジカとアジメドジョウがこの量で高級料亭にメニュー登場したならばいくらになるかを考えてしまう、確実に万単位の勘定になる。

大洞川の流れを背に河原の石に座り9月の暖かな日差しを浴び、カジカ、アジメドジョウ、ザス、ヨシノボリ、アブラメ、アユの匂いにも酔いながら、ゆっくり噛み締めて食べる、これ以上の贅沢はないというものだ。参加した子供たちも初めてアジメドジョウ、カジカなどを食べたが、その姿を見て一番感じたことは、21世紀の益田川とその支流の川すべてに今日の鉄板に盛られた魚がいっぱい棲みつけるよう自然復活させ、子供も大人も川遊びをしながら川魚を食べ骨太な育ちをすることが21世紀の川を育てることにつながるということ。まずは近くの湯屋小学校の子供たちには大洞川で遊び川魚をいっぱい食べてもらいたい。

<勇さんの川漁への思い>
細江勇さん(昭和7年1月10日生)は、戦前から益田川の流れを見続けてきた人である。登り筌漁観察会後の10月7日、萩原町四美在住の勇さん宅を訪問すると、さっそく納屋から竹製2つと金網1つの筌を持ち出され庭に置かれた。その筌は川の匂いを強く放ちまさに勇さんと一心同体な存在感を漂わせた。勇さんに益田の川漁への思いを聞いた。

――登り筌には許可がいる。
〔細江勇〕登り筌は漁協組合員であっても別枠で申請書を提出し許可を得る必要があります。現在、益田川で登り筌の許可枠は全部で250。金山から上流の益田川管内ならばどこにエをつけてもいいが、上流ほど水がきれいなものだから金山から下呂までは登り筌はしない。一般的には萩原から奥、小坂や山之口がいい。小坂川、大洞川だけで60人程がエをするそうです。もちろん萩原や下呂の人も小坂、大洞川へ入りますが。

――仕掛ける時期は。
〔細江勇〕登り筌の漁期は組合内規で5月15日から9月30日まで。6年程前は6月1日からで、15日早めました。4月時分から解禁にしてほしいという要望もありますが、稚鮎が入るから許可されません。仕掛ける時間は朝、昼いつでもよく、だいたい一昼夜エをつけて上げるといい。二日置いたから倍入るというものではない。

――今回、季節の最後に見れたわけですね。ところで仕掛ける場所ですが。
〔細江勇〕魚は流れの強い所を嫌って登る習性があるため水量や流れの速さ、さらに同じ条件でも魚が北へ登るか東へ登るかでも違うためそこの見分けが仕掛けのコツになります。私はもう20年、大洞川に仕掛けてきましたし、益田川の本流では宮田小学校の下が漁場です。大洞川でも本流でも仕掛け方の基本は同じです。

――筌は竹か金網。
〔細江勇〕だいたいは竹か金網。この竹と金網は私が自分でこしらえました。もうひとつの形のいい竹筌は買ったものですが、このクラスになると2万円からになりちょっと高すぎて買えません。第一、作る人がいなくなりました。

――筌の「かえし」部分に針金が付いているのがありますね。
〔細江勇〕十文字と呼ぶ。川ネズミが入らないよう穴を針金で十文字に張るわけです。川ネズミが中に入ると魚を食べ、竹のエだと竹を食い破って逃げていく。しかし、水の中からエを完全に出さないようならばネズミも窒息して死んでしまいます。

――それにしても希少な魚が入りましたね。
〔細江勇〕観察会での登り筌に入ったのはアジメドジョウ、アカザ、アブラハヤ、ヨシノボリ。ヨシノボリにもいろんな種類がある。ヤツメウナギも入ることがあり、今年は5.6匹入った。成長した鮎は普通、登り筌に入ることはなく、仮に入っても障害のある鮎です。確かに希少な魚たちばかりが入りますが、希少な魚にしてしまったのは人間の行いと環境の変化です。

――河原での食事にカジカが登場したことには驚きました。
〔細江勇〕現代の益田川と支流においてカジカが希少魚ナンバーワンでしょう。1年に1回ぐらい益田川本流でカジカを見ることがありますが、エに入ることはまずない。それだけ絶滅に近いということです。皆が食べたカジカは大洞川で捕りました。ヨシノボリはいくら大きくても5センチほどですが、カジカとなると20センチのオスがいます。

――絶滅寸前ですか。
〔細江勇〕その絶滅状態にあるカジカが四美の保養地のフカトミという谷にかなり棲息する。原始の谷でカジカとアマゴがいる。それで保養地の話が出たときからカジカとアマゴを保護せよと村人が主張してきているが、植樹祭の会場整備のためにその谷を壊してしまうことになりつつある。

――(怒りがこみ上げるのを押さえつつ拳を握りながら話を続ける)カジカの卵がよかったそうですが。
〔細江勇〕特にアマゴ釣りにカジカの卵はいいものだから冬に乱獲された。それにカジカは川底にひつく魚で泳いで逃げることがない。そのため夜、明かりをつけてヤスで簡単に突ける。夜突きで捕ったカジカは高い値でよく売れる。それで小坂川と山之口川のカジカのヤスとタクリは禁止になりました。現在は登り筌に入るカジカはいいことになっている。

――当然、アジメドジョウも希少。
〔細江勇〕アジメを捕る漁法は今回の登り筌のほか「アジメ穴」があります。アジメ穴はアジメの産卵を狙い湧き水が出る所に筌を仕掛け捕りますが、これはアジメばかり入る。このアジメ穴漁は産卵のために入るところを捕るわけだから確実にアジメドジョウが減る。真剣に禁止することなど考えなければならないと思うが、なかなか禁止の意見一致にはならない。

――それ以前に護岸工事などでアジメの棲息地を壊してきているわけで、人の心理としては捕れるうちに捕っておきたいということでしょうか。大洞川と益田川で登り筌に入る魚を比較すると。
〔細江勇〕益田川はアカザにしても黒いのが多い。しかし、大洞川のアカザは色が鮮やか、赤い。大きさは本流の方が大きい。アジメドジョウも大洞川は縞模様がはっきりときれいです。

――アカザがあんなに旨いとは知りませんでした。
〔細江勇〕それは煮方にもよるが、本当は一回、焼いて煮るといい。それともずっと時間をかけて煮ること。今回は前日に3時間程煮たかな。昭和の21年、22年頃はアカザを焼いたり煮たりしてよく食べました。ごはんにかけても食べた。ちょうど麦の花盛りの春に。その頃のアカザは煮るとオス、メスに関係なく黄色の油が出た。今のアカザにそんな現象はない、それぐらいアカザが変ってしまったということです。ヤツメウナギも煮ると歯ごたえがあっておいしい、骨も細いから堅くない。

――さすがアジメドジョウの味は最高ですね。アジメを焼いて食べることなど贅沢の極致だと思います。
〔細江勇〕アジメ焼きは確かにいつでもできません。アジメの朴葉寿司は有名ですが、アジメで味ごはんを焚いて食べるのもいいですよ。(了)



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